秘密の地図を描こう
106
ニコルの背中を追いかけながら、アスランは静かな廊下を歩いていた。
「……本当はディアッカ達にも同席してもらいたかったのですが」
彼らには彼らの役目がある以上、仕方がない。彼はため息とともにそう漏らす。
「別に、キラに会ったからといって何もしない」
自分にだってその程度の分別はある。アスランはそう言い返す。
「そのくらいでしたら、僕だって何とかできます」
問題は別のことだ。彼はそう続けた。
「……別のこと?」
いったい、それはなんなのか。ものすごく怖い気がするのはどうしてだろう。
「ご自分の目で確かめてください」
案の定、と言っていいのだろうか。ニコルは教えてくれるつもりがないらしい。
こういうところは変わっていないと言っていいのだろうか。そう考えたときだ。
「アスラン?」
ある病室からここにいるはずのない相手が姿を見せた。
「どうしてここに?」
微笑みながら彼女は問いかけてくる。
「あなたこそ、何故ここにいるのですか?」
即座にそう聞き返す。
「答えはご存じだと思いますが?」
違いますか? と首をかしげる彼女の様子に違和感を覚えてしまうのは何故だろう。
「……あなたは地球にいたと思っておりましたが?」
自分がこちらに来る前は、と口にしながら、アスランは目をすがめる。
いったい、違和感の正体はなんなのか。それを確かめようと思ったのだ。
声も表情も彼女のものに思える。
だが、何かが違う。
どこが、と思いながら、改めて彼女の全身をゆっくりと見ていく。そうすれば、その答えが見つかった。
「……いつの間に豊胸手術を受けられたのですか?」
間違いなく怒られるだろう。そう思いながら問いかける。
「私の知っている《ラクス・クライン》はもっと胸元がささやかでしたが?」
「……アスラン。それはなにげに失礼ですよ」
ニコルがそうささやいてきた。
「だが、どう見てもサイズが違う」
彼女が本当に《ラクス・クライン》なら、どうしてそうなったのかを確認しないといけない。そう言い返した。
「いいです、アマルフィさん」
ため息とともに彼女が口を開く。
「どんな理由にしろ、あたしとラクス様を見分けたことは事実ですから」
でも、と彼女は今までとは違う笑みを浮かべた。
「これは当然の報復ですよね?」
そのまま、右手を翻す。殴られるか、と思ったが、距離はあるし……と思ったときだ。真っ赤な何かが腹部にぶつかってくる。
「テヤンデー」
それが赤いハロだと気づいたのは転がり落ちてからのことだ。
「自業自得ですね」
あきれたようにニコルがそう言ってきた。
「では、アマルフィ様。後はお願いします。あたしはラクス様と打ち合わせをしますから」
その後、自分も動くだろう。彼女はそう言う。
「……君は……」
何者なのか、と口にする。ラクスと直接連絡を取れる人間がそういるとは思えない。
「中にいる方にお聞きになれば? もっとも、教えてもらえるなら、ですけど」
それに彼女はこう言ってくる。
「時間がないから、失礼しますね」
さらに言葉を重ねるとそのままきびすを返した。
「気をつけてくださいね」
そんな彼女に、ニコルは優しい声をかける。
「もちろんです」
ふっと振り向くと彼女は優しい笑みを見せた。そのまま、ヒールの音を立てながら立ち去っていく。その後を当然のように赤ハロが追いかけていった。
「……俺が知らないところで何が進んでいるんだ?」
ラクスももちろん、ニコル達も……と思わず呟く。
「ですから、自分の目で確認してください」
それが一番だ、と言い切るニコルが少しだけ忌々しく思えてならなかった。